東京地方裁判所 平成4年(行ウ)98号 判決 1993年2月26日
東京都文京区千駄木5丁目18番7号
原告
鈴木千代子
東京都文京区本郷4丁目15番11号
被告
本郷税務署長 河東田豊
東京都千代田区九段南1丁目1番15号
被告
国税不服審判所長 杉山伸顕
被告ら両名指定代理人
笠原嘉人
同
時田敏彦
指定代理人
被告本郷税務署長 堀越英司
同
清水定穂
同
赤間覚
同
島田明
指定代理人
被告国税不服審判所長 佐々木正男
同
羽柴宗一
主文
一 原告の請求のうち,被告本郷税務署長が昭和55年10月29日付けでした,原告の昭和54年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定(ただし,昭和56年2月28日付け及び同年3月2日付けの各過少申告加算税賦課決定で減額された後のもの)の取消しを求める部分を却下する。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求の趣旨
一 被告本郷税務署長が昭和55年10月29日付けでした,原告の昭和54年分の所得税に係る過少申告加算税の賦課決定(ただし,昭和56年2月28日付け及び同年3月2日付けの各過少申告加算税賦課決定によりそれぞれ減額された後のもの)を取り消す。
二 同被告が平成2年5月29日付けでした,原告の昭和54年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知を取り消す。
三 同被告がいずれも原告に対し,昭和56年11月16日付けで別紙差押物件目録一記載の不動産について,昭和59年1月31日付けで同目録二ないし五の各不動産についてした各差押えを取り消す。
四 被告国税不服審判所長が東裁(所)平3第375号について平成4年4月6日付けで原告に対してした採決を取り消す。
第二事案の概要
一 当事者間に争いのない事実等
1 本件各課税処分等の経緯
本件各課税処分等の経緯は,別表のとおりである。すなわち
(一) 原告は,昭和54年分の所得税の確定申告書に納付すべき税額2,563,800円と記載して,法定申告期限までに申告した。
(二) 原告は,昭和55年9月18日,納付すべき税額を3,707,800円と記載して,修正申告書を提出した。
(三) これに対し被告本郷税務署長(以下「被告税務署長」という。)は,同年10月29日付けで,国税通則法(昭和59年法律第5号による改正前のもの)65条1項及び3項により過少申告加算税57,200円の賦課決定をした。
(四) その後,被告税務署長は,昭和56年2月28日付けで,右納付すべき税額を3,549,400円とする減額更正及び右過少申告加算税を49,300円に減額する賦課決定をした。
(五) 被告税務署長は,右賦課決定の額に誤りがあったため,昭和56年3月2日付けで,右過少申告加算税を49,200円に減額する賦課決定をした。
(六) 被告税務署長は,原告に対し,昭和54年分の所得税の確定申告分2,563,800円,同年分の所得税の修正申告分985,600円及び過少申告加算税49,200円について国税通則法37条に基づき督促状を発したが,原告は右発送の日から起算して10日を経過した日までに右国税を完納しなかった。そこで,被告税務署長は,昭和56年11月16日付けで,国税徴収法47条及び68条により別紙差押物件目録一記載の不動産を差し押え,さらに,右滞納国税並びに他年度の所得税及び過少申告加算税について,右と同様の手続きを経た後,昭和59年1月31日付けで,同目録二ないし五の各不動産を差し押えた(以下,これらを「本件差押え」という。)
(七) 原告は,後記(八)の(1)に係る損害賠償その他の支払を求めて,昭和62年6月27日,大橋三尾(以下「大橋」という。)及び芦川亘男(以下「芦川」という。)に対し訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和62年(ワ)第8840号損害賠償等請求事件)が,右請求は平成元年12月25日言渡しの判決により,時効消滅を理由として棄却され,これに対する控訴(東京高等裁判所平成2年(ネ)第25号損害賠償請求等控訴事件)も,平成2年7月19日言渡しの判決により,右と同じ理由により棄却されて,右地裁判決は確定した。
(八) 原告は,右判決確定に先立つ平成2年2月13日,被告税務署長に対し,前記(二)の修正申告について,以下の(1)ないし(9)の損失を主張し,これに係る雑損控除(合計8,140,484円)を理由として,納付すべき税額を2,125,700円とする旨の更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。
(1) 家財道具の棄損及び処分による損失 1,000,000円
原告は,昭和53年12月28日,最終的には芦川に取得させるさせる目的で,仲介人の大橋に対し別紙売却物件目録一及び二記載の各土地並びに同目録三記載の建物(以下,このうち同目録三記載の建物を「本件建物」といい,右各不動産を合わせて「本件各不動産」という。)を,代金9,500,000円,昭和54年1月末日支払の約定で売却したが,同年3月ころ,右両名が,代金未払のうちに,本件建物に鍵を壊して侵入し,その中にあった原告所有の和テーブル,三面鏡,ミシン,小棚等の家財を棄損,処分したために原告が被った損失である。
(2) 道路分担金 1,000,000円
(3) 共同担保権設定登記手続費用 70,200円
(4) 共同担保権設定登記抹消登記手続費用 5,900円
(5) 宅地分筆費用 75,750円
(6) 右(1)の紛争解決及び左記(8)に係るたから商事との交渉に係る新幹線料金,同キャンセル料,電話料金及び交渉料 合計240,000円
(7) 国東企業有限会社(たから商事)からの借入金の利息 1,795,968円
(8) 国東企業有限会社からの借入金の利息(立替払分) 3,652,666円
原告は,昭和53年12月28日,大橋に対し,原告が代表者をしていた株式会社鈴木牧場の,国東企業有限会社からの借入金を返済するため,別紙売却物件目録四及び五の各土地を,代金8,130,000円,弁済期1か月後の約定で売却したが,代金のうち6,130,000円の支払が約8か月遅れたため,原告が,同社に対し余分な立替払を余儀なくされた右借入金の利息である。
(9) 訴状印紙代及び予納郵券代 合計300,000円
右(1)の損害の賠償等を求めるため,原告は前記(七)の訴訟,静岡地方裁判所浜松支部における訴訟,右各控訴の提起並びに豊島簡易裁判所に対する調停申立てをしたが,その印紙代及び予納郵券代である。
(本件更正請求の理由は,昭和54年分所得税の更正の請求書である乙6号証の1及び2により認められる。なお,原告は,本件更正請求の理由は右のとおりではなく,審査請求時に原告から提出された「答弁書」と題する書面である甲12号証の1ないし3のとおりであると主張するが,更正の請求の理由は,当初に提出された更正の請求書により確定するものであって,その後の審査請求段階において変更することはできないものと解されるから,原告のこの主張は失当である。)
(九) 同被告は,本件更正請求について,原告に対し,平成2年5月29日付けで更正をすべき理由がない旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。
(十) 原告は,同被告に対し,前記(三)の賦課決定(ただし,前記(四)及び(五)の各賦課決定で減額された後のもの,以下「本件賦課決定」という。)及び本件通知を不服として,平成2年7月25日付けで異議の申立てをしたところ,平成3年6月26日付けでこの申立てのうち右通知に関する部分のみが棄却され,右賦課決定に係る部分については決定がされなかった。そこで,原告は,さらに平成3年7月3日,被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)に審査請求をした(東裁(所)平3第375号)ところ,平成4年4月6日付けで,右審査請求のうち本件賦課決定に係る部分は却下され,本件通知に係る部分は棄却された(以下「本件裁決」という。)
二 本件の争点
1 原告の主張
(一) 本件通知及び本件賦課決定はいずれも違法であるから,本件各差押えも違法である。(なお,原告は,本件賦課決定及び本件通知の具体的な違法事由を主張せず,また,本件差押固有の違法も主張しない。)
(二) 本件裁決は,被告審判所長杉山伸顕の名でなされており,当該審査請求事案の審理に当たった国税審判官小野寺宗隆の名でなされていないから違法である。(なお,原告は,本件裁決のその余の点については,明らかに争わない。)
2 被告税務署長の主張
(一) 本件賦課決定について
過少申告加算税賦課決定に対する不服申立ては,決定があったことを知った日の翌日から起算して2月以内にしなければならない(国税通則法77条1項)ところ,本件賦課決定については,右法定の期間を徒過して異議申立てがなされており,適法な不服申立ての前置を欠くから,原告の請求のうち,右賦課決定の取消しを求める部分は不適法である。
(二) 本件通知処分について
以下の事情によれば,本件更正の請求について更正をすべき理由がないとした本件通知は適法である。
(1) 納税申告書を提出した者は,当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより,当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは,当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り,税務署長に対し,その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる(国税通則法23条1項1号)が,その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により,その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときには,その確定した日の翌日から起算して2月以内に,そのことを理由として更正の請求をすることができる(同条2項1号)。しかるに,本件更正請求の理由のうち,大橋及び芦川による家財道具の棄損又は処分による損失(前記一の1の(八)の(1))については,これに係る損害賠償請求が,前記一の1の(七)の確定判決において,大橋らの不法行為及びこれによる損害発生の有無についての判断がなされないまま,時効消滅を理由として棄却されている。すなわち,原告が本件更正請求の理由とする,大橋らによる家財道具の棄損・処分及びこれによる損失の発生は,右判決によって確定したものとはいえず,本件更正請求のうち右を理由とする部分は国税通則法23条2項1号に該当するとはいえないから,同請求は,同条1項1号により,法定申告期限から1年以内になされなければならない。そうすると,本件更正請求は法定の期間を徒過してなされたこととなる。
(2) また,右大橋及び芦川が本件建物内における原告所有の家財を棄損又は処分した事実はないから,原告主張の雑損は発生していない。
(3) さらに,本件更正の請求の理由のうち,右家財の棄損又は処分による損失を除くもの(前記一の(八)の(2)ないし(9))は,いずれも原告が自らの意思に基づいて支出した費用であって,所得税法(ただし,昭和56年法律11号による改正前のもの)72条の雑損に当たらない。
(三) 本件差押処分について
本件更正の請求は理由がなく,また,本件賦課処分も適法になされたものであり,かつ,本件差押処分の手続にも違法な点はないから,右差押処分は適法である。さらに,滞納処分としての差押処分はその基礎となった租税債権に係る処分の違法性を承継しないから,本件賦課決定及び本件通知が取り消されない限り,原告の主張する事由によっては本件差押処分の違法性を基礎付けることはできない。
3 被告審判所長の主張
審査請求に対する対する裁決は,国税審判官が審理に当たっても,国税不服審判所長名でなされるものである(国税通則法98条1項及び2項)から,原告の本件裁決に係る主張は何ら裁決の違法事由に当たらず,右裁決は,所要の手続を履践してなされた適法なものであって,固有の違法事由はない。
第三争点に対する判断
一 本件賦課決定について
本件賦課決定は,昭和55年10月29日付けでなされたものであるが,その通知書はそのころ原告に送達され,原告の知るところとなったものと推定される。ところで,過少申告加算税の賦課決定に対する異議申立ては,決定があったことを知った日の翌日から起算して2月以内にしなければならず(国税通則法77条1項),決定があった日の翌日から起算して1年を経過したときは,正当な理由がない限り,することができない(同条4項)ところ,本件賦課決定に対する異議申立ては,平成2年7月25日になされたものであるから,右2月の期間のみならず右1年の期間をも徒過してなされたことは明らかであり,右1年の期間経過後になされたことにつき正当の理由も認められない。
そうすると,本件賦課決定の取消を求める訴え(請求の趣旨第1項)は,適法な不服申立ての前置を欠いていることとなるから,不適法である。
二 本件通知処分について
1 家財棄損又は処分による損失について
原告は,本件更正請求の理由として,まず,大橋及び芦川による原告所有の家財の棄損又は処分による損失を挙げている(前記第二の一の1の(八)の(1))。
しかし,本件全証拠によっても,大橋及び芦川が原告の家財を棄損し,これにより損害が生じたとの原告主張の事実を認めることはできない。かえって,甲64号証の1及び乙第17号証によれば,大橋及び芦川は,昭和54年3月中旬ころ,本件建物の所有権移転登記が経由された後に,原告から郵送されてきた鍵を使って本件建物に入ったが,当時,原告主張の家財は,同建物の中になく,同人らは右の家財を棄損も処分もしなかったとの事実がうかがわれる。
2 その余の損失について
本件更正請求は,雑損の発生を理由としてなされたものであるが,雑損とは,所定の資産についての災害,盗難又は横領による損害をいうものである(所得税法72条)。しかるに,原告が本件更正請求において更正の理由として主張した家財道具の処分又は棄損による損失以外の損失(前記第二の一の1の(八)の(2)ないし(9))は,その具体的趣旨が若干不明確なものもあるが,いずれも右にいう雑損に当たらないことは明らかである。
3 したがって,本件更正請求はいずれも失当であり,これを棄却した本件通知は結論において適法ということとなるから,その取消しを求める請求(請求の趣旨第2項)は理由がない。
三 本件差押について
原告は,本件差押手続自体の違法を主張しないところ,滞納処分としての差押は,その基礎となった租税債権に係る処分の違法性を承継しないものと解されるから,本件賦課決定又は本件通知が無効であるか,違法なものとして取り消されない限り,本件差押が違法であるということはできない。そして,本件賦課決定又は本件通知について無効事由は認められず,また,以上に判示したところによれば,その取消請求も理由がないのであるから,本件差押の取消しを求める請求(請求の趣旨第3項)も理由がないこととなる。
四 本件裁決について
審査請求事件の調査及び審理は,国税不服審判所長の指定を受けた国税審判官が担当する(国税通則法79条2項,94条ないし97条)が,裁決自体は,国税不服審判所長名でなされるものである。(同法98条1項及び2項)。したがって,原告の主張(二)は何ら裁決の事由に当たらず,本件裁決の取消しを求める請求(請求の趣旨第4項)は理由がない。
五 結論
よって,原告の本訴請求中,本件賦課決定の取消しを求める部分は却下すべきこととなり,その余の部分は棄却すべきこととなる。
(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 原啓一郎 裁判官 近田正晴)
<以下省略>